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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)326号 判決 1966年11月04日

控訴人(被附帯控訴人 原告) 伏見市太郎 外五名

被控訴人(附帯控訴人 被告) 明治生命保険相互会社

主文

一、原判決中控訴人等の敗訴部分を取消す。

被控訴人はさらに、控訴人伏見市太郎に対し金九百四十八円、控訴人村杉賢心に対し金千百四十八円、控訴人山本高央に対し金七百四円、控訴人仁科猛に対し金八百九十円、控訴人小栗正映に対し金六百二十四円、控訴人赤平千代作に対し金千百七十三円及びこれらの金員に対する昭和三十二年八月二日以降各完済に至る迄の年五分の金員を支払え。

二、被控訴人の附帯控訴を棄却する。

三、訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

四、この判決は仮りに執行することができる。

事実

控訴人(被附帯控訴人)等代理人は、主文第一項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、さらに附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人(附帯控訴人)の敗訴部分を取消す。控訴人(被附帯控訴人)等の請求を棄却する。訴訟の総費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左に附加、訂正する外原判決事実摘示と同一であるから、右記載をここに引用する。

一、控訴人等代理人は、新たな証拠として甲第十七号証の一ないし十五、第十八号ないし第二十四号証、第二十五号証の一、二、第二十六号証を提出し、第二十五号証の一は生命保険外務労働組合連合会中央書記長氏田博が生命保険協会発行の雑誌から集録したもの、同号証の二は氏田博作成の右に関する説明書であり、第二十六号証は総評発行の「新週間」の一部であると附陳し、差戻前の当審証人小林英三郎、同山川治、差戻前及び差戻後の当審証人伊藤金蔵(差戻前は第一、二回)の各証言、及び、差戻前の当審における控訴人小栗正映本人尋問の結果を援用すると述べ、後記乙号証のうち第十八号証の一、二、第十九号証、第二十五号ないし第三十三号証の成立は認める、その余の乙号各証の成立は不知、なお原審以来提出の乙第七号証の認否を、原本の存在並びに成立を認めると訂正する、と述べ、

二、被控訴代理人は、「本件ストライキに関して被控訴人が控訴人等の賃金カツトを行つたのは、ストライキの本質や世上の慣行に従つたのは勿論であるが、直接には専ら労働協約第四条の趣旨によるものである。即ち同条項は執務時間中の組合活動は原則として許されないものとし、執務時間中に行うことのできる組合活動を七項目に限定し、その一場合である経営協議会とその分科会に出席する職員の固定給与はこれを削減しないものと定めているから、その他の執務時間中における組合活動に参加した職員に対しては、それがストライキによる場合であつても、その固定給与を削減するのを原則とする趣旨であると当然に解釈されるし、労使間においても右の趣旨に理解されてきたものである。而して上述の削減し得る固定給与については従前より労使間において給料、出勤手当、功労加俸、地区主任手当のみならず勤務手当、交通費補助の諸項目給与を含むものとして理解されてきたものであるから、被控訴人が本件ストライキに関し控訴人等主張の賃金カツトをなしたのは何ら違法ではない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、控訴人(被附帯控訴人)等は、被控訴会社(附帯控訴人)の生命保険契約の募集、保険料の集金等の業務に従事する外勤職員であること、控訴人等の被控訴会社から受取るべき昭和三十二年六月分の給与は、原判決添付別表(二)記載の金額であつたところ、控訴人等が同年六月二十五、二十六の両日同盟罷業を行つたことにより、被控訴会社はこれを理由として控訴人等の右給与のうち同表(1)ないし(4)、(7)及び(8)の項目の各二十五分の二に相当する分を削減して支給したこと、及びその削減額が同表最下欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二、そこで右給与削減の適否について判断する。

(一)  まず被控訴人の主張する労働協約第四条に基き削減をなし得るかどうかについて案ずるに、

被控訴会社と控訴人等の所属する明治生命月掛労働組合との間で労働協約が締結されており、その第四条が原判決添付別表(三)のとおりであることは当事者間に争いがないところ、右条項によると、組合活動は原則として勤務時間外に行うものとし、例外として同条第一項第一号ないし第四号所定の組合活動だけは勤務時間内においてもこれを行うことができ、特に執務時間中における右第一号の組合活動についてはこれに出席した職員の固定給与を削減しない旨定められているので、被控訴人は、その反対解釈として右第一号掲記以外の執務時間内の組合活動に対しては同盟罷業の場合も含めこれに参加した職員の給与を被控訴会社において当然削減できるものと主張する。然し

(1)  成立に争いのない甲第一号証によると、右条項は労働協約中第二章(総則)第一節(組合活動)の個所に規定され、争議に関する条項は第四節(争議に関する協定)に別個規定されていること及び第四条には争議に関係をもつような文言は使用されていないことが認められ、

(2)  成立に争いのない乙第十三号証並びに原審及び当審証人石坂実(差戻前の当審は第一、二回)を綜合すると、右条項は昭和二十六年三月十四日開催された労使の経営協議会において、従来通常の組合活動につき労使間で行われていた慣行を労働協約の中に明文で規定する目的で審議協定されたものであつて、労働争議の場合にも適用すべきものであるとの認識の下に協定したものではないことが認められ、

(3)  成立に争いのない甲第十二号証、同第二十四号証、当審証人伊藤金蔵(差戻前は第一、二回)及び前記石坂実の各証言を綜合すると、控訴人等の所属組合が被控訴会社に対し昭和三十一年頃二度に亘り争議行為として二十四時間職場放棄を行つたが、被控訴会社は争議の場合の賃金削減については組合と協定が成立していないものとし、右条項その他協約に基く賃金削減を行わなかつたことが認められるのであつて、以上の事実を綜合して判断すれば、労働協約第四条は争議行為を含まない通常の組合活動についての協定と認め得べく、従つて右条項にいう固定給与の意義を探究するまでもなく被控訴人は右条項によつては控訴人等が同盟罷業を行つたことを理由に同人等の賃金を削減できないものというべきである。被控訴人の叙上の主張は理由がない。

(二)  さらに被控訴人は、労使間において原判決添付別表(二)の(1)ないし(4)、(7)及び(8)の項目の給与は労働争議により削減さるべき固定給として理解されている旨主張する。そして差戻後の当審証人石坂実の証言により真正に成立したものと認める乙第二十一号証、第二十三号証、成立に争いのない乙第二十五号証、第三十二号証、原審証人福田勝之(第一回)、同児玉輝男、原審及び当審証人小林英三郎、同石坂実(差戻前は第二回)、当審証人伊藤金蔵(差戻前は第一、二回)の各証言並びに当審における控訴人小栗正映の供述によると、被控訴会社と控訴人等の所属組合間の昭和二十五年四月十七日開催第一回交渉会以降同三十一年六月十二日開催の経営協議会に至るまでの給与に関する労使交渉の場において、控訴人等外勤職員の給与中に固定給があることを前提とする趣旨の発言が双方よりしばしばなされていることが認められる。

然しながら前掲各証拠によれば、右にいう固定給とは、外勤職員の給与中ある一定期間固定することのあるべき部分を指称するものであつて、交渉毎に固定給なる言葉に包摂される給与項目が必ずしも同一でなく、労使間において固定給となるべき給与項目が明確に特定されていたものではないことが認められるのみならず、固定給又はこれに類する言葉を使用して交渉がもたれた労使の協議会は、職員の勤務、待遇等に関する問題についてのものであつて、職員が争議を行つた場合の賃金削減の対象となるべき固定給について論議された際のものではないことが認められるから、右事実を以つて直ちに、労使間に争議の場合の賃金削減の対象たるべき固定給なるものが共通に理解されているものとはなし難いところであり、他に被控訴人と控訴人等所属の組合との間において前述の意味での固定給に関し協約がなされたことの事実を認むるに足る証拠はない。この点に関する被控訴人の主張も理由がない。

(三)  以上説示のとおり被控訴人と控訴人等所属組合間に争議の場合の賃金削減に関し特段の協約がなされたことの事実を認めることができない以上、被控訴人が削減した賃金の項目がいわゆる講学上の固定給に該るかどうかは、それが仕事の出来高と関係なく拘束された勤務時間に応じて支払われる賃金の性質を有するものであるかどうかという一般的な観点に従つて決する外はない。

そこで先ず控訴人等の勤務の実態及び給与の内容について勘案する。

控訴人等は冒頭掲記のとおり被控訴会社の外勤職員であつて生命保険契約の募集、保険料の集金を主たる職務とするものであるが、外勤職員はその給与の面において係長、係長補、主任の三段階に格付けされていること、昭和三十二年六月当時控訴人小栗は主任、その余の控訴人等は係長兼地区主任の地位にあつたこと、及び、控訴人等の勤務に対し被控訴会社から支給されるべき給与の項目が、原判決添付別表(二)の(1)ないし(11)であることは、当事者間に争いがない。

前示甲第一号証、成立に争いのない乙第一号証、原審証人小林英三郎、原審及び当審証人石坂実(当審は差戻前の第二回のみ)、当審証人伊藤金蔵(差戻前の第一回)、山川治の各証言、原審における原告児玉輝男本人尋問(第二回)、当審における控訴人小栗正映本人尋問の各結果を綜合すると、控訴人等外勤職員の勤務時間は休憩時間を除き一日につき八時間、四週間を平均し一週間につき四十八時間以内とし、平日は始業時を午前八時三十分、終業時を午後五時三十分、土曜日は終業時を正午とし、休憩時間は正午より午後一時迄であること、休日以外は定刻までに出勤して勤務手帳に所轄管長の捺印を求め、遅刻した場合には出勤後直ちにその事由を所轄管長に申出なければならず、早退又は勤務時間中に勤務から離れる場合にはあらかじめ所轄管長に申出て許可を受けなければならない旨就業規則に定められているのであるが、仕事の性質上全時間に亘る社内勤務を要求されていないので社外で行う職務に従事する時間も当然勤務時間に計算されるばかりでなく、会社側も職員も勤務時間を事実上問題にせず、場合によつては夜間や休日に勧誘、集金等を行うこともあるがこれに対しては超過勤務としての取扱は一切認められておらないこと、並びに外勤職員に対する以上の如き勤務時間の拘束は、月掛保険制度が採用され保険料の集金事務が著しく増加したことに対処して、会社が外勤職員の業務を把握管理するために設けた比較的に新しい制度であることの事実を認めることができる。また、前掲甲第一号証、原審証人石坂実の証言及び前記原審原告児玉輝男の供述によると、前記給与項目のうち原判決添付別表(二)の(2)勤務手当及び(8)交通費補助は、職員の資格や募集成績等に関係なく一率に定額(一月につき(2)は三百円、(8)は五百円)が支給されること、(1)給料及び(7)出勤手当は、職員が係長、係長補、主任のいずれの資格に属してもその資格にある限りその間の募集成績に関係なく定額が支給されること、(4)功労加俸は、勤務成績が良好で一定基準を超えた者に対し毎年四月一日に前年度の成績等を考慮して算出した金額を、その者の資格に変動のない限り、その年度中は募集成績に関係なく支給されること、(3)地区主任手当は、その資格を有し且つ担当地区の募集成績が一定額以上の者に対し、募集額の多寡に応じて設けられた一定額が支給され、その額は毎年四月一日及び十月一日に改訂されるけれども、改訂されるまでの間は、募集成績に関係なく定額が支給されることの事実が認められるのであるが、他面、前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証の一、二、差戻前の当審における控訴人小栗正映の供述によつて真正に成立したものと認める甲第二十二号証、原審証人小林英三郎、当審証人伊藤金蔵(但し差戻前の第一回)、山川治の各証言、原審原告児玉輝男本人尋問(第一、二回)及び差戻前の当審における控訴人小栗正映本人尋問の各結果を綜合すると、係長、係長補、主任の資格は純然たる給与の級別をあらわすものに過ぎず、職務の内容においては相互に指揮監督の関係その他の区別はなく全く同一の事務であること、その資格も主任、係長補は過去三ケ月の成績が良好で一定の基準に達したときは四ケ月目からそれぞれ係長補又は係長に当然昇格するが、逆に係長、係長補、主任の資格にある者でも過去三ケ月又は四ケ月間の成績が一定の基準に達しないときは、四ケ月目又は五ケ月目にはそれぞれ係長補、主任又は主任補に格下げされることになつていて、昇格、格下の結果は直ちに(1)給料(3)地区主任手当(4)功労加俸(7)出勤手当の額に変動をもたらすこと、及び右給与につき前叙の如く一定の期間変動のないようにしたのは、外勤職員の所得の安定を図る目的からであること、以上の事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

以上認定の控訴人等の勤務の態様、及び給与の実態に基き、本件賃金削減の対象となつた前記給与項目を検討してみると、(2)勤務手当及び(8)交通費補助は労働の対価として支払われるものではなく、職員に対する生活補助費の性質を有することは明らかであるから、右項目の給与は控訴人等が勤務に服さなかつた故を以つて削減し得るものではないものというべく、(1)給料(3)地区主任手当(4)功労加俸(7)出勤手当については、その者が一定の資格にとどまる限りその期間中の募集成績等に関係なく一定額が支給されるという点においては固定的な給与のようにもみられないわけではないが、それは過去において完成された仕事の量に比例して決定された報酬を、所得の安定、給与の平均化を図る趣旨で、或る期間に分割支給されるという位の意味しかなく、且亦、右給与が職員の勤務に服した時間の長短を加味して決定された面もないわけではないが、勤務時間拘束が給与の基準としてではなく、主として会社の業務管理の手段として設けられたものである点に着目するときは、右給与はすべて外勤職員の募集、集金等の成績に応じて決定された給与であつて、少くとも本項冒頭掲記の意義での固定給ではないものと認めることができる。

然らば控訴人等が同盟罷業を行つたことに対し、被控訴人において同人等の昭和三十二年六月分の給与のうち原判決添付別表(二)の(1)ないし(4)、(7)及び(8)の各二十五分の二を削減したのは、削減し得ざる給与を削減した違法のものというべきである。

三、次ぎに被控訴人の和解成立、権利濫用及び一部弁済の主張については、当裁判所もこれを採用しない。その理由は、原判決理由中の第七、一、ないし三、に説示するところと同一であるから、右記載をすべてここに引用する。

四、以上によれば、被控訴人は控訴人等に対し同人等が同盟罷業に参加した故を以つて削減した当事者間に争いがない原判決添付別表(二)の削減額欄の金額と、これらに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であることの裁判所に明白な昭和三十二年八月二日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

よつて控訴人等の本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべく、原判決中控訴人等の請求を棄却した部分は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条により右部分を取消して主文第一項のとおりとし、被控訴人の附帯控訴はこれを棄却し訴訟の総費用の負担につき同法第九十六条、第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 加藤隆司 安国種彦)

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